東京駅と国技館

きのう開業100年を迎えた東京駅。
 
開業当時は中央停車場と呼ばれていた、その駅舎の設計は、辰野金吾氏。
日銀本店など現在重要文化財に指定されている建物の数々を手がけたことで知られています。
 
東京駅よりも5年早く完成した、旧両国国技館の設計も彼によるもの。
大鉄傘と呼ばれるドーム屋根が特徴でした。
 
終戦後、GHQに接収され、メモリアルホールと改称。1場所のみ本場所が開催されましたが、
194611月場所後の双葉山引退相撲が旧国技館での最後の興行となりました。
 
接収が解除された1952年には、すでに蔵前国技館の建設が始まっていたため、
国際スタジアムに売却され、ローラースケートリンクに。
その後は日本大学に譲渡され、「日大講堂」に。
老朽化のため、1983年に解体されました。
 
ちなみに夫がお相撲さんになったときには、日大講堂時代の建物が残っていたそうで、
その目であの大鉄傘を見るという幸運にあずかっています。
 
実は辰野氏は大の相撲好きとしても知られ、
のちにフランス文学者となる、ご子息・隆氏を中学時代相撲部屋に入門させたという逸話があります。
隆氏ご自身も横綱審議委員会が設置された1950年から委員を終生務められたそう。
 
辰野氏の旧国技館は現存しませんが、
東京駅の中央の屋根の上に乗せられた、横綱土俵入りの手をデザインした装飾に、
相撲好きの彼の遊び心が垣間見られます。