稽古まわしの危険な香り

九州場所を数日後に控えた、ある晴れた日のこと。
高砂部屋が宿舎にしているお寺の参道脇には、
汗に湿った黒い稽古まわしが並べて干してありました。
その光景はまるで昆布の天日干しです。

そんな昼下がり、境内に犬の散歩とおぼしきご婦人がやってきました。
ご婦人に連れられた犬がまわしに近寄っていくのを、少し遠くから見ていた夫が、
「まわしをまたがないてください!」と注意するよう、近くにいたお相撲さんに声をかけようとしたそのとき、
犬はあるまわしの前で立ち止まり、においを嗅ぐや、気を失ってバタンとまわしの上に倒れたというのです。

飼い主に起こされると、またそのまわしをクンクンし、バタンと気絶。
それをさらにもう一度繰り返し、恍惚の表情で去っていったのだそう!

それを見ていたお相撲さんや夫は、まずは呆気にとられ、その後はお腹を抱えて大爆笑。
「まわしは神聖なものだから、またがれては困る」という大事なことを伝えるタイミングを
すっかり逸してしまったようです。

それにしても、そのまわしのにおいはよっぽど魅惑的なものだったんでしょう。
と同時に、気を失うほどに強烈な、犬にとってはまさに“危険な香り”。
美しい薔薇にはトゲがあった、というところでしょうか。

ところで、この魅惑の香りを放ってしまった罪つくりなまわしは誰のものだったのか。
彼の名誉のため、ここでは伏せておきます(^^)