制限があるからこそ広がる世界

巡業や花相撲などにおいて披露される相撲甚句は、
6人ほどのお相撲さんが土俵上で輪になって、その真ん中でかわり番こに唄います。
さすがは相当唄い込んでいると思しき「相撲甚句担当」力士、情緒たっぷりに唄い上げます。
 
引退相撲では、その力士の土俵人生を詠んだオリジナルの甚句が披露されることも。
2年前の魁皇関(現・浅香山親方)の引退相撲では、呼出・永男さん作の甚句を
急逝されたご本人に代わって、元幕下力士で甚句の名手・大納川さんが唄われたそうです。
 
現役時代から美声で鳴らした甚句名人・大至さんは現在、
歌手としてマルチな活動をされていますが、
普天王関(現・稲川親方)の引退相撲で、
また新しいところでは、今月初めに富岡八幡宮で行われた横綱日馬富士の刻印式で、
甚句を唄っていらっしゃいましたね。
 
全国に相撲甚句会が散在し、毎年全国大会も開かれるなど、
相撲甚句はお相撲さんばかりでなく、一般の人のあいだでも熱心に唄われているようです。
 
相撲甚句の起こりは、江戸の享保年間とも、末期ともいわれますが、
七五調が用いられ、笑いと涙を誘う、巧みな作が多いため、
哀愁のある節回しと相まって、日本人に長く親しまれてきたのだと思います。
 
夫がよく唄う甚句に、「かぞえ歌」「当地興行」「花づくし」「鶴と亀」があります。
いずれも古くから唄い継がれてきた名作です。
「花づくし」は呼出・多賀之丞さんの作ですが、そのほかは詠み人知らず。
 
夫と同部屋の呼出・利樹之丞さんは甚句の作り手としても唄い手としても達士で、
これまで、33木村庄之助襲名を祝う甚句をはじめ、
泉州山関、皇牙関の引退・断髪に寄せて新たな門出を祝う甚句を作っておられます。
前述・日馬富士関の横綱碑刻印式の甚句も利樹之丞さん作。
そして、夫の断髪・結婚を祝う甚句を作り、結婚披露宴で唄ってくださいました。
 
夫もずいぶん甚句を作っています。
相撲関係では、同郷の関取である里山関、旭南海関(現在は引退)の新入幕を祝う甚句。
それ以外でも、自身の父や私の伯母の追悼甚句、
また自身の兄の病院の新築祝いや、甥の結婚祝いの甚句、
さらには市長さんや区議会議員さんの選挙応援甚句まで。
頼まれればもちろん、頼まれなくても喜びや悲しみの気持ちが深ければ作るようです。
 
その人の経歴や人となり、そしてお祝い(お悔やみ)の気持ちを、
限られた文字数のなかに込めるのは、短歌や俳句と同様むずかしそうですが、
制限があるからこそ、広く自由な発想や奥深さが生まれるのではないか、とも思えます。
 
直径15尺(4.55メートル)という、力士2人が闘うには大きいとはいえない土俵のなかで
勝つためにいろいろな技が繰り広げられるのと似ている気がします。