#邦楽

甚句づくりの名人

相撲甚句全国大会の始まりは……。 昭和43年から相撲甚句愛好者のための甚句会を日本各地につくり、 指導普及に努めてきた呼出し永男(のりお)さんが、 昭和61年から全国大会を開催し始めたといいます。 永男さんは、昭和31年から相撲甚句の作詞を始め、 38年…

相撲甚句を歌ってみたら♪

きのう今日と、両国にぎわい祭りの回向院会場で開催された、 音楽ワークショップ「Let's 相撲ミュージック」。 「相撲甚句をつくって歌う」というワークショップは初の試みで、 夫自身、どんなものになるのだろうとワクワクした気持ちで臨んだのですが、 た…

相撲甚句をつくって歌おう!

第12回目となる両国にぎわい祭りは、26・27日に開催されます。 国技館会場では例年どおり、「バックヤードツアー」や行司さんによる「相撲字で記念うちわ」、 呼出さんによる「太鼓実演」などが行われ、相撲教習所の土俵では「力士に挑戦」できます。 そのほ…

やぐら太鼓の学び方

前回の続きはまず、やぐら太鼓について印象に残ったお話から。 太鼓を覚えるときには、楽譜などはないため、口伝えで「トトン トン トン」などと教わり、 初めは太鼓は叩かせてもらえないので、バスタオルなどを巻いたものを太鼓に見立てて練習するそうです…

五七五は四拍子?!

さて、なぜ日本人は五七/七五調を心地よいと感ずるのか、です。 これは、100年以上もの長きにわたって各分野の学者や研究者に取り上げられてきたけれど、 明確な答えが得られなかったテーマのようです。 そんななかで、興味深い説を唱える本に出会いました…

日本人と五七五

先月号のANAの機内誌で、亀の井ホテルの創業者・油屋熊八さんの記事を読みました。 別府の観光開発に尽力したことから「別府観光の父」といわれる人です。 明治44年、別府に「亀の井旅館」を創業し、その後バス事業に進出。 昭和3年には日本初の女性バス…

続・画集出版を祝う甚句

田中繁吉さんの画集出版を祝う会には、創元会関係者や、 ご子息・彌壽雄氏の早稲田大学建築科の関係者など、たくさんの方がご出席され、 あたたかい雰囲気のステキなパーティーとなりました。 ピアニストによるショパン・リストの演奏、オペラ歌手による独唱…

画集出版を祝う相撲甚句

田中繁吉さんは、大正末期にフランスに留学して洋画を学び、中央画壇で活躍した洋画家。 115年前(明治31年)の今日9月13日に生まれ、20年ほど前に亡くなりました。 このほど彼の画集が出版され、近く出版記念パーティが都内のホテルで催されます。 繁吉さん…

制限があるからこそ広がる世界

巡業や花相撲などにおいて披露される相撲甚句は、 6人ほどのお相撲さんが土俵上で輪になって、その真ん中でかわり番こに唄います。 さすがは相当唄い込んでいると思しき「相撲甚句担当」力士、情緒たっぷりに唄い上げます。 引退相撲では、その力士の土俵人…

興に乗じて相撲甚句♪

「相撲甚句」は相撲教習所の履修科目にあるので、 お相撲さんは一様に、それを新弟子時代に教わっています。 だからといって、お相撲さんのみんなが相撲甚句を唄えるかというと、そうでもないのが実情のようです。 教習所で習っても、たいていそれっきりにな…