日本人と五七五

先月号のANAの機内誌で、亀の井ホテルの創業者・油屋熊八さんの記事を読みました。
別府の観光開発に尽力したことから「別府観光の父」といわれる人です。

明治44年、別府に「亀の井旅館」を創業し、その後バス事業に進出。
昭和3年には日本初の女性バスガイドによる案内つきの定期観光バスの運行を開始したのですが、
当時はマイクがなかったので、ガイドさんに七五調で案内をさせたのだそうです。

この事実に私は、2つの点で感銘を受けました。
聞こえよくするために、耳になじむ調子/リズムに着目した点。
 これは盲点でした。私なら、声を大きくするとか、滑舌をよくすることくらいしか考えが及ばない…。
七五調が日本人の耳になじみやすく聞き取りやすいのだという、確たる認識があったこと。

熊八さんはまた、「山は富士 海は瀬戸内 湯は別府」というキャッチフレーズを考案し、
別府を宣伝したそうです。これは、五七五。
耳なじみのいい調子で、人々に強く印象づけようという狙いからでしょう。

たしかに、七五調のキャッチフレーズは、巷にあふれています。
たとえば「お箸の国の人だもの」とか「ゴホンといえば龍角散」とか
思い出そうとすれば、つぎつぎに浮かんできます。

「飛び出すな クルマは急に 止まれない」に代表されるように、標語は五七五がお約束。

ほかにも「はじめちょろちょろなかぱっぱ」「地震雷火事親父」「巨人大鵬卵焼き」など、
私たちのまわりには七五調のフレーズが溢れています。

俳句、短歌はもとより、演歌、民謡、童謡にも七五調の歌詞は多いようです。
民謡の一種である相撲甚句はもちろん、
「どんぐりころころ」や「花」 (春のうららの 隅田川~♪)、「荒城の月」、
それから「ギザギザハートの子守唄」も!
 
私たちが七音節+五音節を、すわりがいい、納まりがいい、と感じているのは間違いありません。
五七調/七五調はきっと、日本人の遺伝子に深く刷り込まれた、
自然で心地よいリズムなのだろうと思います。

では、なぜ日本人は五七/七五調を快いと感ずるのか。
こちらについては興味深い本を見つけましたので、次回ご紹介したいと思います。