相撲を愛する人たちの輪

田中彌壽雄先生と銀座のスナックで出会って以来、
番付表を送ったり、奄美出身力士の昇進パーティなどにご招待したり、
そんなお付き合いが続いていたそうですが、
昨年、先生の行きつけの店、両国は回向院のほど近く「とんかつ若」でお目にかかり、
お父さまの画集出版にあたって甚句をつくってほしいとの依頼を受けたのでした。

「とんかつ若」を営むのは、1991年までNHKの解説者を務めた若瀬川忠男さんのご子息。
若瀬川さんのご自宅ビルの1階をお店にされたようです。
かつての若松部屋はそのお隣にあったので、夫もしょっちゅう「若」にお世話になっていたそう。
とくにメンチカツがおいしくて、お相撲さんたちに人気だったとか。

若瀬川さんは1935初土俵1942年新入幕の元小結。
1945年に引退した双葉山と対戦経験のある方だったので、
田中先生はおそらく、ご著書『玉錦双葉山とその時代』の執筆のため、若瀬川さんに取材されたのでしょう。
そんなご縁で先生は若瀬川さんの亡きあとも、ご子息のお店に通われていたのだろう、
というのが夫の推測です。

お通夜では、「若」の大将、そしていっしょにいらしたラジオパーソナリティの北脇貴士さんとも
お会いしご挨拶したそうです。
北脇さんは「北脇貴士の大相撲甚句」というラジオ番組(FM西東京)をお持ちで、
「若」の大将のご紹介で、数年前、田中先生にご出演いただいたことがあるのだそうです。

相撲に通じていらっしゃる北脇さんは、以前から夫をご存じだったようですが、
さっそく夫も出演依頼をいただいたそうです。
これも、田中先生がつないでくださったご縁だと思います。

お通夜には、双葉山の孫娘さんである穐吉美羽さんもいらしていました。
そもそも、訃報を夫に知らせてくださったのは美羽さんなのです。
先生が昨年の画集出版を祝う会で、夫に美羽さんを紹介してくださって以来、
美羽さんとはお会いしたり、連絡を取り合ったりしています。
こちらも田中先生がつないでくださったご縁です。

こうやって相撲を愛する人たちの輪が広がっていくのは、ありがたいことです。
田中先生に改めて感謝します。